マダム大学院生のグローバルな日々

無閑マダムの博士への道

「風に立つライオン」

さだまさしさんの「風に立つライオン」がリリースされたのは1985年。ケニアのナイロビで働く日本人医師をモデルにした歌だと最近知りました。毎年ケニアに行っていた頃、友人のN美さんがその歌をカセット・テープに録音してプレゼントしてくれたのは90年代半ば頃。

最近、NHKの番組でさだまさしさんと俳優の大沢たかおさんがケニアを訪れた番組「風に立つライオン」を録画しました。日本人学校の体育館でのコンサートの様子や、マサイマラでマサイ族の歓迎を受けたところまで見ました。ナイロビのジョモ・ケニアッタ空港に着いたお二人の服装は、さださんがユ○ク○っぽいネルの赤いチェックのシャツ、大沢さんは黒いフード付きスウェットで、フードを被っていました。

テレビで撮影されているので心配はないのですが、つい、「大沢さんの格好なら狙われない。さださんは赤だけれどカジュアルなのでまあ大丈夫だろう。」と治安の心配をしてしまいました。テレビ画面を見るとやはり、空港にたむろしている男性が目につきます。全部が全部、スリや強盗ではないでしょうが。

かつて、ナイロビの街に出る時、ポストカードが入っていた茶色い紙袋に紙幣で合計300円程度入れ、それを、日本のメキシコ輸入ファッションのお店で買ったグレーのよれよれズボンのポケットに入れて、手ぶらで出かけていました。ちょっとした買い物があるときは現地調達のかごバッグ「サイザル・バッグ」を持って。

「風に立つライオン」の歌詞を改めて読んでみました。

主人公の医師は恋人を置いてケニアに来て3年、元恋人から結婚の報告の手紙をもらったようです。かつて恋人と一緒に見た千鳥ヶ淵の桜が恋しい、と歌っています。ビクトリア湖、キリマンジャロ、フラミンゴ、象。恋人と一緒に見たかったのです。海外の患者さんを診察することに使命感を感じていて、決して恋人を忘れたわけではなかったのです。

「あなたや日本を捨てたわけではなく、僕は『現在』を生きることに思い上がりたくないのです」

敢えて「危険」とされている貧しい地域で活動する動機を、派手な形ではなく、自分自身の使命感を慎ましい表現で吐露しています。

元恋人は待っていてはくれなかったけれど、怨んではいないということで医師は自分を納得させています。

「僕は風に向かって立つライオンでありたい」という歌詞が、危険であっても海外の風に吹かれ、自分の使命をまっとうしたい、という風にとれます。潔いけど、恋人や家族は辛い。




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テーマ:アフリカ - ジャンル:海外情報

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この秋で大学院博士課程を満期退学。
もう院生ではないので
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