マダム大学院生のグローバルな日々

無閑マダムの博士への道

ケニアの韓国人(2)

ケニアに2か月滞在していた時、何をしていたかと思われることでしょう。ナイロビの観光地である、ナショナル・パーク、動物孤児院、ジラフ・センター、オストリッチ・センター、ヘビ園、ボーマス・オブ・ケニア(部族のダンス・ショー)、ナイロビ博物館、カレン・ブリクセン博物館、ウフル・パーク(ウルフ、ではありません。ウフルとはスワヒリ語で平和という意味です。小さい遊園地です)、などを回っていると1週間はあっという間に過ぎます。それから、2泊3日のサファリに行ったり、日帰りで郊外に出たりなどしているとさらに1週間は過ぎます。私の場合は街歩きが好きなので、街に出るか、徒歩で行けるショッピングセンターで動物よりも人間観察を楽しみました。ホテルの食事やお茶なども楽しめますし、イタリアン、フレンチ、タイ、中華、韓国、インドなどグルメも楽しめます。日本食のレストランも当時2軒ありました。そのほかゴルフはコースに出ても日本より安いので手軽に行かれます。乗馬や水泳もできますし、テニスは一人で行ったことはありませんが、仮に一人で行っても相手をしてくれる少年少女のテニスプレーヤーがいます。

それでも、2か月となると、時間はたっぷりありました。そこで、何をしたかと言うと、語学学校に通いました。フランス語はアリアンス・フランセーズだったので、90分授業週1回3週間、教材込みで日本円にすると千円程度。英語は母が初級に通っていたので、車が出ることもあり、英語のディスカッション・クラスに通いました。これはランゲージ・センターと言って、民間の語学学校だったので週2回で4週間で一万円くらいだったと思います。「語学学校なんて通わずにナイロビ大学にでも通えばよかったのに。」と友人からは言われましたが、英語をほかの国の人と一緒に学ぶ機会はなかったので、貴重な体験でした。クラスメートはスペイン人、ユーゴスラビア人、ドイツ人、韓国人などと私でした。日本人はいませんでした。スペイン人は「長母音と短母音の区別ができない」とか、国によって英語学習の躓き状況が違ったのが興味深かったです。私はと言えば、「日本語には冠詞がないので、○○(私のこと)はaとtheを間違える。」とイギリス人の先生に言われました。

クラスメートの韓国人は、宣教師で、名前は覚えていませんが、とても穏やかな感じの人だったのを思い出します。ある日のディスカッションの「お題」は「裁判」。先生からひとりひとり違うカードをもらうと、そこには「ある人の罪状」が描かれています。「銀行強盗」とか、「殺人」など具体的な状況が文章になっていました。ひとりひとり、どんな刑を課すのがよいかとその理由を述べる、というものです。私のカードには「この男は戦争中、ある国で、原子爆弾を落とした。」と書かれていました。私はカードの内容を読んで説明したあと、「日本人である私にこのカードが回ってきたのは偶然とは思えない。とても辛いことだ。私としては死刑でもよいと思っている」と話しました。そんなときも韓国人の宣教師の方は悲しそうに微笑み、とくにコメントはしませんでした。

それにしても、この授業はとてもユニークでした。しばらく生徒たちは「この人にはどんな刑が適当か?」「懲役2年くらいにするか?」などと考え込んでいました。先生は笑いながら、「別にあなたたちが本当に裁判官になったわけではないのだからそんなに真剣に考えないで!」と言ったくらいみんな真剣に取り組みました。この体験も、修士課程でコンテント・ベーストの英語教育を取り上げたことにつながっています。
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この秋で大学院博士課程を満期退学。
もう院生ではないので
博論終わったらブログ引っ越します。

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