マダム大学院生のグローバルな日々

無閑マダムの博士への道

NYで平和を考えた2007年夏

今日は広島原爆の日で65周年です。私は3年前、ニューヨークの国連本部で開催された平和教育の学会(8月8日から10日まで)に参加しました。そのあと8月10日から12日まで開かれていたニューヨーク平和映画祭にそのあと参加しました。

映画祭では「二重被爆」という日本映画も上映されており、広島、長崎と両方で被爆した人の存在を知り、衝撃を受けたのです。職場のある広島で被爆し、故郷の長崎へたどり着いてさらに被爆した山口彊(つとむ)さんが93歳で今年の1月に亡くなられたという記事を以前読みました。

ちょうど学会が開催されていた8月9日は「長崎デイ」ということで、夜はピースボート主催の平和コンサートが広場でありました。この日、気が付くと友人知人はすでに会場から姿を消しており、最後までコンサートを見てから、ベトナムのサンドイッチ、バインミーを買って帰り、ホテルで食べたことを思い出します。

写真を探していたら、当時の報告原稿が見つかり、以下のように私は書いています。
「2日目の8月9日は「長崎デイ」ということで、長崎原爆投下の日を振り返るセッションがあり、日本から○○さん、△△さんがそれぞれ発表をされた。△△さんはご家族の被爆について語られた。この日は会議終了後、国連本部の近くにある2代目事務総長の名を冠したダグ・ハマショールド・プラザにおいて日本のNGOであるピースボート主催の平和コンサートが行われた。この中で日本からの国連大使のスピーチをはじめ、被爆者の平沢さんが英語でスピーチをされるなど、平和のメッセージにあふれていた。長崎原爆の日に、原爆を投下した国での平和研究集会に参加し、平和コンサートとさらにこの3日間が終わったあとの平和映画祭にも参加する機会があったことは、複雑な気もしたが、私にとって有意義な経験となった。」

「全体としては、観光客として2度訪れた国連の建物の内部に、関係者として入ることができたのは貴重な体験であった。ハドソン川を眺めながらの職員食堂でのランチは格別。しかし、国連本部から離れた国連機関のビルの中で分科会は何ブロックも離れたビルに分散して行われていたので、猛暑の中、会場を探すのは一苦労だった。このようなところで働くという人生もあったのか、という考えがふとよぎったが、時すでに遅し。国連の会議場で3日間過ごせたということでよしとしたいと思う。」
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テーマ:ニューヨーク - ジャンル:海外情報

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この秋で大学院博士課程を満期退学。
もう院生ではないので
博論終わったらブログ引っ越します。

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