マダム大学院生のグローバルな日々

無閑マダムの博士への道

ディアスポラ vs コスモポリタン

気心の知れた(利害関係のない)友人というのは学校時代や若い頃にできるもので、30代以降は難しいと一般には思われているのでしょうか?私には30代にボランティア活動で出会った親しい友人がいます。ボランティアが終わった後、女性3人で昼食をご一緒しました。

自己紹介をすると偶然にも彼女と私は当時住んでいた場所に互いに近いことがわかりました。それだけでも!なのに、さらに、実家のある場所、当時の職場も近いことが分かったのです。3つはそれぞれ違う市ですが、非常に驚きました。そのとき一緒だったもう一人の女性とも名刺交換はしたのですが、その後会うことはなく、彼女とだけ付き合いが続いています。

彼女はいわゆる帰国子女だったこともあり「実家」というのは10代後半にご両親が買った家で生まれ育った家ではありません。住んでいた年月も短かったそうです。私は帰国子女ではありませんが、国内の引っ越しが多く、「実家」は同じく10代後半に両親が買った家ということで、「実家が生まれ育った場所ではない」ということまで共通していました。さらに彼女のお母さんは偶然にも私の身内の知り合いということがその後わかりました。

当時はお互いに独身だったので、「これが男性だったら運命の出会いなのにね」と互いにこぼしあったりもしました。

月日は流れ、昔は歩いても行かれる距離だったのに、今ではお互いかなり離れて暮らしています。会えるのは彼女が実家に帰ってくる時くらいになりました。

そんな彼女と私の共通点はどんな場所も「住めば都」と思っていることでしょうか。あるいは「帰属意識の欠如」とも言えます。

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テーマ:ボランティア活動 - ジャンル:福祉・ボランティア

*** COMMENT ***

NO TITLE

自分の境遇と比べて読みました。
私は対照的に最初から実家が一箇所にあるという環境で育っているので、今転勤生活になって、自分の帰属がわからなくなり、混乱の真っ只中という感じです。東京で働いていた頃は、東京の生活にとても馴染んでいたように思ったのですが、住環境が一定でなくなった瞬間、馴染んでいたはずの東京が、自分にとって何の意味も無い場所になってしまいました。
住めば都、そういう気持ちであちこちで暮らしていますが、心の底ではまだ100%そう思いきれていない自分に気付きます。

NO TITLE

Terrieさん、お久しぶりです。

Terrieさんにはいつもさらに考えをめぐらせるきっかけをいただいて感謝しています。私は学校時代から人とは違う進路を結果的に選んだために、知っている同級生がいないまま進学しました。最初の就職先も同級生はいませんでした。さらに仕事を変えたり、近い場所ながら転勤があったりで変化の多い人生を送っています。大学も学部、修士、博士それぞれ違う大学で、「帰属」を考えるきっかけにもなりました。
 住めば都とは思ってきましたが、それほど好きになれなかった街もあり、好きな街でもおそらく、生まれ育った街があったとしたらそれに向け る愛着とは違うのだと思います。

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この秋で大学院博士課程を満期退学。
もう院生ではないので
博論終わったらブログ引っ越します。

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