マダム大学院生のグローバルな日々

無閑マダムの博士への道

世界とのつながり

昨日のワークショップで、知人(男性)が出したクイズです。

「スーダン、日本、アフガニスタン、ハイチ、コンゴ。この5ヶ国の共通点は?」

そうですねえ。日本以外は途上国だけど、共通点って、何かしら?

答えは:国連の調査による、2011年5月の段階で「支援されている国」だそうです。今や、「上から下」への援助、ではなく、「水平の」援助だそうです。震災の時、「自分の国は大丈夫なのかしら?」と思うような国からの支援がありましたよね。

「この部屋にあるものと世界とのつながりを指摘してください」
出た!10数年前、この知人と一緒になった、カナダでの研修では定番でした。高校生に聞くと、大抵、文房具が中国、ベトナム、マレーシア製、などということになります。

我々大人も、バッグをひっくり返したり、ジャケットの裏を見て確認したり、あるいは天井や床を眺めたり。

ちなみに、私のものといえば、アメリカ製だと思っていたバッグとエコバッグは両方とも中国製と判明。日本のディズニーランドで買ったミニタオルもそうでした。ファウンデーションは韓国製、ロクシタンのシアバターはフランス製。NYの国連本部で買った時計は香港製。

その後、近くの席の人たちと3人組になり、「途上国支援の在り方」について熱く語ると、次は同僚とその仲間の発表。ウガンダの研修報告などなのですが、彼女たちの発表から、忘れかけていた熱いものを思い出しました。

さて、今朝、出勤前に、ダウンジャケットを大胆にも手洗いしましたが、なんとか乾いてきました。やはり、フワフワ感が落ちています。



スポンサーサイト

テーマ:異文化を楽しむ! - ジャンル:海外情報

The cruelest race

映画「ブリジット・ジョーンズの日記」ではコリン・ファースが演じる、ヒロインと最後に結ばれる弁護士の元妻が日本人だという話題の時、それを聞いたヒロインの母親が、"Japanese? The cruelest race."と言い放つ場面があります。「(世界でいちばん)残酷な人種よね」という感じでしょうか。

上映された頃はイギリス人の日本人への見方はそうなのか、イギリス人捕虜の問題もあるし...などと思っていましたが、日本人としては当然いい気持ちはしませんでした。

先週、「もうひとつのレイテ戦―日本軍に捕らえられた少女の絵日記」という本を使ったワークショップにボランティアとして参加しました。The cruelest race、やはりそうなんだ、と感じられた一日でした。

奇しくも、「ブリジット・ジョーンズの日記」を見たのはマニラのショッピングセンターの中の映画館だったっけ。フィリピンの人が見たら納得、だったのでしょうね。

それにしてもイギリスが舞台とはいえ、ハリウッド映画のラブコメで全世界に「日本人は残酷」とさらりと言われてしまうのは何とも悲しいですが、歴史に裏打ちされていることなのですね。

テーマ:軍事・平和 - ジャンル:政治・経済

「色彩の記憶」

昨日は元同僚にインタビューをさせていただくということで、ランチを一緒にすることにしました。そのあとに「ワークショップに参加する」とのことでしたので、今回は時間も限られていて、久しぶりに会うので単におしゃべりしてしまって、事前の打ち合わせになってしまうかも、と懸念しましたが、それはそれで。

会場は登録文化財となっている古い旅館で今は日本食のお店になっているところでした。親しい知り合いが数人参加するということで、急遽飛び込みでワークショップに参加しました。たまたま講師は現在の所属大学の教授でした。

最初に黄色い正方形の紙が配られ、「この色を見て思い出すことを書いてください。」ということで私はケニアの屋外の八百屋さんで売っているバナナについて書きました。車の中から写真を撮ろうとしたらお店の人が写真を撮られたことに怒って走って追いかけてきたこと。もちろん追いつきませんでしたが、速いのなんの。

そのあと参加者のうち、私を含めて5人ほど発表しましたが、他の方は「ひまわりの黄色」とか、「子供服の色と言うイメージ」などといろいろな「記憶」がでました。

その次は筆でぽたぽた垂らしながら描いた青い色でした。私はとっさに「昔飼っていたセキセイインコで色は水色と黄みどりでした。」などと書きました。やはり「パンジー」とか、「子どもと行った海」とか皆さん、イメージが美しいのです。

私のイメージはつらい体験でも幸福な体験でもなかったのですが、何か美しい、感動的なイメージが浮かばなかったのは面目ない....イメージトレーニングが必要ですね。

そのあと、「直径9センチくらいに収まる大切なもの」を持ってくるということで、私は急だったので用意がありませんでしたが、「携帯ストラップでもいいですよ」と言われ、昔の中国人の教え子からもらった「福」の漢字が書いてあるピンクの携帯ストラップを「大切なもの」としました。それをひとりひとり「シャーレ」の中に入れ、説明を書いたメモを入れ、ライトで光らせて、広大な畳の上に参加者20人ほどがそれぞれ飾る、というものでした。

最後に「あなたにとって大切なものとは何ですか?」と言う問いに対する答えを書くのです。「もの思いを込め、ものに込められた思いを受け止めること。周囲の人に感謝すること。」と今回のイベントで触発されたことを書きました。大切なもの、というといろいろありますからね。

80歳、という年配の男性の参加者が「平和」と言っていたのが印象的でした。年配の女性は孫の写真をシャーレに入れ、孫が大切と言っている方が多かったのです。

そのあと、打ち上げの飲み会にまでお誘いを受け、思いがけず、充実した一日でした。車で来てしまったのが残念でしたが、猛暑で毎日ビールを欠かさなかった夏の格好の休肝日となりました。

テーマ:アートイベント - ジャンル:学問・文化・芸術

NYで平和を考えた2007年夏

今日は広島原爆の日で65周年です。私は3年前、ニューヨークの国連本部で開催された平和教育の学会(8月8日から10日まで)に参加しました。そのあと8月10日から12日まで開かれていたニューヨーク平和映画祭にそのあと参加しました。

映画祭では「二重被爆」という日本映画も上映されており、広島、長崎と両方で被爆した人の存在を知り、衝撃を受けたのです。職場のある広島で被爆し、故郷の長崎へたどり着いてさらに被爆した山口彊(つとむ)さんが93歳で今年の1月に亡くなられたという記事を以前読みました。

ちょうど学会が開催されていた8月9日は「長崎デイ」ということで、夜はピースボート主催の平和コンサートが広場でありました。この日、気が付くと友人知人はすでに会場から姿を消しており、最後までコンサートを見てから、ベトナムのサンドイッチ、バインミーを買って帰り、ホテルで食べたことを思い出します。

写真を探していたら、当時の報告原稿が見つかり、以下のように私は書いています。
「2日目の8月9日は「長崎デイ」ということで、長崎原爆投下の日を振り返るセッションがあり、日本から○○さん、△△さんがそれぞれ発表をされた。△△さんはご家族の被爆について語られた。この日は会議終了後、国連本部の近くにある2代目事務総長の名を冠したダグ・ハマショールド・プラザにおいて日本のNGOであるピースボート主催の平和コンサートが行われた。この中で日本からの国連大使のスピーチをはじめ、被爆者の平沢さんが英語でスピーチをされるなど、平和のメッセージにあふれていた。長崎原爆の日に、原爆を投下した国での平和研究集会に参加し、平和コンサートとさらにこの3日間が終わったあとの平和映画祭にも参加する機会があったことは、複雑な気もしたが、私にとって有意義な経験となった。」

「全体としては、観光客として2度訪れた国連の建物の内部に、関係者として入ることができたのは貴重な体験であった。ハドソン川を眺めながらの職員食堂でのランチは格別。しかし、国連本部から離れた国連機関のビルの中で分科会は何ブロックも離れたビルに分散して行われていたので、猛暑の中、会場を探すのは一苦労だった。このようなところで働くという人生もあったのか、という考えがふとよぎったが、時すでに遅し。国連の会議場で3日間過ごせたということでよしとしたいと思う。」

テーマ:ニューヨーク - ジャンル:海外情報

ジェンダー・バイアス

昨日は午前中、研究計画を仕上げ、フラダンスに出てから夕方4時から10時すぎまで大学にいて、4時から6時までは中国人研修生の心理学の英語文献探しを教授と手伝い、6時からは自分のゼミで今年から新しく加わった女性と4人で主に私の研究テーマについてコメントをいただきました。やはり昨年度は仕事を入れすぎ、優雅な生活をしすぎ、肝心の研究に力が入っていなかったと反省。

さて、次の文章を読んで、違和感を感じるでしょうか?感じないでしょうか?

路上で交通事故がありました。
タンクローリーが、ある男性と彼の息子を轢きました。
父は即死です。
息子は入院しました。
彼の身元を外科医が確認しました。
外科医は「息子!これは私の息子!」とおののきながら叫びました。(出典「地球市民を育む教育」
英語版"Global Teacher, Global Learner")

これをもとにそれぞれ高校生と成人対象にワークショップを行ったことがあります。この文章を並べ替えたものを意味が通るように直してもらい、直したものが上記の文章です。

ここで「外科医」とはだれか?なのですが、高校生はすぐにわかりましたが、かえって大人は頭を抱え、「外科医は息子の義理の父」などと言う人もいました。

そうです。「外科医」はこの「息子」の母なのです。「外科医」は男性、と思ったあなた、ジェンダー・バイアスがありますね。などと説明し、「偏見」についてのテーマ解説に入る、という感じでした。

昨日の午前中、知人から紹介を受けた小学校の校長先生に電話をし、1回目は不在とのことで1時間後に再度連絡しました。電話に出た女性が「少々お待ちください」と告げ、そのあと再び女性が電話に出ました。最初の女性と2回目の女性の声の区別がはっきりしなかったので、同じ人がでて、また不在なのかと思っていると「校長の○○でございます」とその女性は名乗りました。私自身、男性が出るものだと思い込んでいました。特に小学校の女性校長は昔から珍しくはないのにもかかわらずです。

最近、女性宇宙飛行士が紙面をにぎわわせ、「ママさん宇宙飛行士」などと載っていましたが、「パパさん宇宙飛行士」はありません。つくづく、宇宙飛行士は男性、というイメージが強いのだな、と思っていましたが、やはりこうした呪縛からのがれることは難しいです。

テーマ:研究者の生活 - ジャンル:学問・文化・芸術

最新トラックバック
プロフィール

とらいふる

Author:とらいふる
長~い職務経験をへて、現在、大学院博士課程に在籍中 (教育学)。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア

free counters