マダム大学院生のグローバルな日々

無閑マダムの博士への道

ハワイの美術

7月2日の日曜日から4週連続で日経のNIKKEI The STYLEに連載されていた「アートの島 ハワイ」。第1回の「火山派」で紹介されていたジャン・シャルローの「オールド・ハワイ 人間と自然の関係」という作品が、ハワイ大学マノア校のバックマン・ホールにあるというので、見に行くつもりだったのですが、時間があったのは日曜日の朝ということで、ホールは閉まっていました。

その代わりに?見たのが、生協そばの階段付近に書かれた絵画。農作業をする人々がド迫力です。
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別のホールにはこんな絵画がありました。
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レリーフでは、これがありました。3人の女性がレイを作っているのですね。
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本当はホノルル美術館の浮世絵などを見るつもりだったのですが、時間がありませんでした。
それでも、大学内でこれだけでも見られれば収穫です。


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1941年12月8日のパール・ハーバー

今日は12月8日。真珠湾攻撃の日、ですね。

今年9月のハワイ、3度目のハワイ訪問にして初めて訪れました。アリゾナ記念館です。青空が広がっていました。


ここはいずれ、家族で訪れようと思っていたのですが。共同発表者3名の内のお1人と学生さん2人、以前から知り合いの女性の先生、と到着した日に偶然会い、次の日にパール・ハーバーに行こうとお誘いを受けました。

valorとは「戦場における勇気」という意味だそうです。
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船から降りると追悼記念館が。
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このような平和な島に突然訪れた悲劇を想いました。

家族へのお土産はパールハーバーの悲劇をアニメで説明した解説書と、4か国語のDVD。
日本語はやや不自然な文言もありました。
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家にもありました。当時ハワイに住んでいた日系人の13歳の少年、叔父を頼って日本から留学中の18歳の女性から見たパール・ハーバーを扱った小説。
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Under the Blood-Red Sunはグレアム・ソールズベリーという作家の青少年向けの小説で、「その時ぼくはパールハーバーにいた」という邦題で訳書がでています。修士の時の教養科目「児童文学」の課題図書で買いましたが、読んでいませんでした。訳書がでているという新聞の切り抜きが挟まっていました。

Silent Honorはダニエル・スティールの小説。「無言の名誉」という帯が付いていました。日本語訳が付いているわけではありません。こちらも興味があって買ったわけですが、積読状態でした。

この時期に日本人、日系人としてハワイに住んでいるということがどういうことか。考えてみたいと思います。

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旅慣れたリピーター

今回のハワイは帰国日を含めた4日間が会議、到着日を含めた2日間がフリータイムということで、時差の関係もあり、6泊7日でした。

空港からはシャトルにするつもりでしたが、聞いてみるとタクシーと同じ料金で、シャトルはあちこちのホテルを回るので時間がかかるということでした。急がなかったので、シャトルにすることにしました。ワイキキ周辺を車窓から見られるし、どんなホテルがどこにあるかもわかるので。シャトルのドライバーさんは豪快なおばちゃまで、観光案内的なこと、マカデミアナッツの安いお店などの情報や、「このコンドミニアムは私が子供の頃から誰も住んでいなくって、もったいないんだよ」などとおしゃべりしてくれました。隣に座ったカップルはシンガポールから来たとのことで、ドライバーさんとのおしゃべりを同じく楽しんでいました。

華やかなホテルへ、次々と日本人を中心として降りていき、残ったのが、こざっぱりとした地味な格好の30歳前後と思しき日本人カップルと私。私は一番遠いので最後になるのはわかっていました。彼らが降りたホテルは、古いコンドミニアムのようで、「大学宿舎よりもひょっとしたらボロイかも」と思ったほどでした。ハワイへのリピーターなのね、旅慣れている人たちなのね、と思いました。

昔のイメージとしたら、クイズ番組で優勝し、ハワイアン音楽が流れ、飛行機からタラップを降りてきた「スチュワーデスさん」がレイをかけてくれる、「夢のハワイ」的なことは最近はなく、誰でも気軽に行けるリゾートになったのだ、と感じました。

今回の学会はワイキキのホテルか、大学宿舎か選べましたが、8時半集合なので近い方がよいというのと、お値段も3分の1程度だったので宿舎にしました。帰ってきてから、もしかしたら、観光がついていないツアーの方がゴーカなホテルと格安航空券だったのでは、と調べたところ、確かに別々に予約するより安いのですが、ほとんどが4泊5日でした。

そして、かなり格安のツアーには送迎がついていなくて、宿も1つ星、というのがあるのを発見。そう、シャトルで一緒になった日本人カップルのホテルもそのツアーのリストにありました。短い名前だったので憶えていたのです。そうだったのか!送迎もついていないツアーがあるのは知りませんでした。その代わり、ワイキキには支店があって、何かあったら日本語でお尋ねください、というものなのです。無料のフラなどが見られる、ロイヤル・ハワイアンに入っていました。

帰国の時は、混むと困るのでタクシーにしました。料金はシャトルより安く、時間もシャトルでの往きは40分以上でしたが、10分ほどでついてしまいました。まあ、往きも帰りも、よい選択だったと思います。









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Pau hana ハワイ

今回、ハワイが「数十年ぶり」だというと、「昔とどう変わったか」を聞かれました。1回目は2泊程度で、パイナップル畑、火山、ダイアモンドヘッド、日系人宅訪問、などをして、日本人の多いワイキキ周辺はほとんど行っていません。2回目は朝から夕方くらいまで、コミュニティ・カレッジに通い、夕方は、滞在先そばのアラモアナ・ショッピングセンターに行くか、休みの日にシュノーケルをしたくらいなので、実はあまりわからないのです。

今回は街から離れた大学宿舎なので、ワイキキへはバスで20分くらい。着いた日に、知り合いと、初めて対面する共同発表者の方と学生さん2人にばったり会い、急遽、午後はワイキキへと相成りました。そして帰国前日の夕方から唯一の単独行動でバスでワイキキへ、古典フラの鑑賞を楽しみました。

帰りの飛行機の中、こんなスナックが。Pau Hanaと書いてあります。「仕事のあと」という意味だそうです。ビールのおつまみですもんね。


ハワイではアフター5はまだ明るいので、サーフィンをしたり、ジョギングをしたりという人が多い、とのことです。

そういえば、スワヒリ語ではAfter workはバダヤ・カジ、と言っていましたね。バダヤ・カジ、タスカー(ビール)というCMがよく流れていました。

以前と違うのは、ハワイではなく、私のハワイの捉え方、でしょうか。フラも踊れるし、ウクレレもひけるようになりました。ハワイの歴史や、日本との関わりなど、関心が深くなっています。大衆的なリゾート、以上の楽しみ方をしたいですね。再訪問できれば。

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数十年ぶりのハワイ

私は20代前半と半ば にハワイに行っていますが、ホームステイの帰りに2日ほど立ち寄り、大学のセミナー参加でした。そして数十年後、学会での参加です。もともと観光はほとんどしていないのですが、昨日、今日で、参加者の老若男女の方々と観光をしました。昨日はワイキキ、今日は初めてのパールハーバーです。

明日から学会のリハなどで早いので今日はこの辺で。









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この秋で大学院博士課程を満期退学。
もう院生ではないので
博論終わったらブログ引っ越します。

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