マダム大学院生のグローバルな日々

無閑マダムの博士への道

編み物も復活

先日の朝の情報番組でBeyond the reefの手編みクラッチ・バッグが紹介されていました。思い出しました。私も買ったのです。バックではなく、手作りキットを。

Favoriという大人向き手作り雑誌を2号だけ購読し、そのうちの12月号に特集が出ていて、数十年ぶりに編み物をしてみようと思い立ちました。

思えば、就職してから編み物は全くしていませんでした。子どもの頃から大学生くらいまではちょこちょこ編んで、今でも自分のセーター1枚、ベスト1枚、残っています。セーターは水色と紺色が混じった糸に黒いラメ糸を入れて色は自分でデザインし、雑誌で見た編み方で編んだのです。首が大きすぎたので、ベルベットの黒いリボンで首のブカブカを絞ったのですが、それがなかなかケガの功名で。いまだに着ています。まあ、ワンマイル・ウェアですが。

Favoriのキットには練習用の白い毛糸が入っていて、数十年ぶりに編み棒で表編み、裏編み、縄編みをやってみました。やはり、自転車と一緒で、数十年のブランクがあっても、手が覚えているものですね。

これから暖かくなるのにセーターというのも。一応、夫の好みを聞いておきましたが。そんな「大作」を作る時間はないし。クラッチ・バッグなら夏でもOKだし、何とか編めそうです。

今、編み物を復活しておけば、後々、楽しめそうですね。

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テーマ:編み物 - ジャンル:趣味・実用

Tea or Dylon?

10年ほど前、ドイツでは着古した白いブラウスを紅茶染めして、大切に着る、というのを読んで、白いシャツやブラウスを染めてみました。

手順は:
ブラウスを水に浸してさっと脱水しておきます。紅茶を鍋で作り、その中でブラウスを煮ます。そして仕上げにミョウバンを入れ、脱水して干して出来上がり。

白物の寿命が延びます。ただし、普通に洗濯機で洗い続けていると、白に戻っています。(真っ白ではないのがミソ)

そこで、染料のダイロンの黒を買ってきて、染めることにしました。エスニック福袋に入っていたメキシコの白いノースリーブのコットン・ワンピースでした。ところが、温度が低すぎたのか、淡いモスグリーンのようになってしまいました。失敗したとはいえ、思いがけず素敵な色でした。

当時住んでいたアパートのキッチンの床にしみがついてしまい、退去の時指摘され、キレイに落したのを覚えています。

今回は、衣類を整理していて、お気に入りのブランドのぺプラムの五分袖の黄色いワンピースを発見。たしか1回着たきりでしまいこんでいました。それを着て600人くらいの前であいさつをしたので、多くの人に見てはもらえましたが。(覚えているかどうかは別として。)

生地はしっかりしていて、デザインも気に入っていますが、政治家にでもならないかぎり、出番のない服でしょう。親戚や若い知人などの結婚式にはもっと地味なものを着るでしょうし。

そこでまた、ダイロンの出番です。「エボニー・ブラック」といういかにも「真っ黒」という感じのを買ってきました。

今度は温度を70度、しっかり計り、塩も忘れずに入れました。染料が十分あったので、ついでに昔イギリスの通販のフリーマンで買い、紅茶染めした白いチャイナ服ふうのブラウスも黒にしてしまおうと入れました。

今、漬け込んでいますが、今回は真っ黒になっているようです。ボタンも染められると書いてありましたが、ボタンは黄色いままです。黒に付け替えれば冠婚葬祭にも着られそうです。

ところで、DylonってDyes of Londonの略だそうです。1856年ロンドンの科学者がマラリアの特効薬のキニーネ開発過程で染料を発明した、と書いてあります。

へ~

使用前使用後(真っ黒くはならなかったのですが、出番は増えそうです)
P2013_0502_193448.jpg同じ染料で色の濃淡が
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テーマ:異文化を楽しむ! - ジャンル:海外情報

同じ布地からできるもの

今、昔のベージュのキュロットをほどき、習いながらベストを製作中です。生地が傷んでいないサイズの合わない服や、趣味が変わってしまった服は今まで、途上国のチャリティに出していましたが、最近はリメークに関心が向いています。

ふと気づくと、20年以上着ている服もざらですが、さすがに生地が傷んだり、似合わなくなったり、があります。時々着ている、オレンジ、茶色、緑などのチェックのフード付きジャケット。お気に入りのブランドの物です。

修士の時、自分が行う授業を先生や専門家に見てもらい、指導を受けるというのがありました。当時、専門家の女性が、職場にいらした時、私の持っているオレンジ系ジャケットと同じ生地で、カチッとしたブレザーを着て見えたときは驚きました。初対面でもあり、仕事場にはちょっと派手でしたが、私も、その女性くらいの年代になっても着よう、とその時は思いました。

でも最近、毛玉が増えてきたというのと、流行でこんなに明るい色を着ている人をあまりみないということもあり、さすがに処分しようかと考えました。リメークは無理か?

ふと、小学校の高学年の頃のことを思い出しました。母が上履きを入れる袋を、緑とピンクのチェックの可愛らしい生地で作ってくれて、それをぶるんぶるん振りながら楽しげに帰途についたとき。近所に住む同級生で、子役にでもなれそうなほどの可愛らしい美人の女の子とばったり会いました。なんと、彼女は同じ生地でお母さんが裾の長い素敵なワンピースを縫ってくれて、それを着ていたのです。

お互いに相手の服と袋に気づき、どことなく気まずい感じで別れました。彼女はその後、そのワンピースを着た様子がありませんでした。

数年前、小学生以来初めて彼女と同窓会で会う機会がありましたが、女優さんのようで、若々しく、今でも「男子」の憧れの的でした。お母さんは他界されたとのことで、あのワンピースを思い出しました。

テーマ:あれこれ - ジャンル:学問・文化・芸術

ボランティアと紙細工

数年前、研修の一環でボランティアを4日ほどして報告書を出す、ということがありました。上司は「国際交流協会の通訳ボランティアでもやったら?」と提案しましたが、私は普段やる機会のないボランティアをやってみたいと思いました。しかも、「渾身のレポート」が出せそうなハードなやつです。私が選んだのは「病院ボランティア」です。大きな病院なのでボランティア組織がいくつかあり、大まかに分けて、医療経験のある「元看護師のボランティア団体」と経験のない「主婦のボランティア」に分かれているということで、「主婦ボランティア」の中に混ぜてもらうということで参加しました。午前中で終了し、お昼を食堂でいただくことになっていました。

初日は病院食に添える「励ましのカード」作成。名刺サイズより一回り大きいカードに、「クラフト・パンチ」という、パンチするとお花や動物などが切り絵のように切り取れるものを使ってお花をパンチし、それをカードに糊づけしてから、メッセージを書くと言うものでした。子どものころから手芸的なことは好きで、学生の頃は編み物をやってりしていましたが、社会に出てからずっと時間がなく、遠ざかっていました。お花を何枚かパンチして重ねて貼るという単純作業でしたが、楽しい!その日は「楽勝~」と思いつつ病院をあとにしました。

次の日からは重労働。食事を病室に持っていく「配膳」、お年寄りにスプーンで病院食を食べさせてあげる「食事介護」。「診察案内」はロビーに立っていて、受付票の書き方などを教えたり、血液検査の案内をしたりするものです。極め付きは「入浴介助」で、職員(女性)1人の助手として、入浴の介助をするのですが、お年寄りの男性を二人がかりで浴槽に入れ、洗ってあげるというもので、浴槽には排せつ物が浮かび、精神的にも大変でした。

配膳係は数時間で足はパンパン。食事介護は忍耐力が必要でした。入浴介助は真夏にはさらに辛いものでした。

全くの無給でしたが、昼食券をいただけました。一緒にやっていたボランティアの主婦の方は2年以上続けているということで、まったくの無給で定期的にやっていらっしゃるということに頭が下がりました。

看護師さんたちからは「主婦の道楽、自己満足」、「好きでやっている」というどちらかというと冷ややかな視線を感じ、「ご苦労様でした。」という声には「スーパーのレジでもやっておかね稼いだ方がいいんじゃない?」という含みが感じられました。職種によってはボランティアには頼らず、職員を雇った方がよいのではと感じました。

私としては良い経験になったと思います。その後、クラフトパンチの道具をいくつか買い、しおりを作ったりして楽しんでいます。

義理の叔母がやっているペーパー・クイリングも面白そうですが、しばらくはおあずけにして、本業に精を出したいと思います。

テーマ:ボランティア活動 - ジャンル:福祉・ボランティア

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とらいふる

Author:とらいふる
この秋で大学院博士課程を満期退学。
もう院生ではないので
博論終わったらブログ引っ越します。

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